退去から1ヶ月、敷金が返ってこない。あるいは精算書を見たら、敷金がほぼ全額「修繕費」に消えていた。敷金まわりは、賃貸トラブルの中でも件数が多い定番です。
私は売買がメインの現役不動産営業(6年半)です。もっと正直に言うと、敷金返還の場面を実務で経験したことは一度もありません。というのも、私が担当するオーナーさんには、そもそも敷金を取らずに賃貸に出す方が増えているからです(この話は記事の後半で)。そういう立場なので、この記事は業界の内側で見てきた貸主側・管理会社側の動き方と、民法・国交省ガイドラインという公的なルールを組み合わせた調査ベースで、泣き寝入りする前に確認してほしい3つのことを順番に解説します。
大前提:敷金は「返ってくるのが原則」のお金
まず押さえてほしいのは、敷金の位置づけです。2020年施行の改正民法で、敷金のルールは明文化されました(民法622条の2)。要点はこうです。
- 敷金は担保として預けているお金であって、貸主のものになったお金ではない
- 賃貸借が終了して部屋を明け渡したら、貸主は未払い賃料などを差し引いた残額を返す義務がある
- 経年劣化・通常損耗の修繕費用は、原則として借主の負担ではない(民法621条)
つまり「敷金は返ってこないのが普通」という昔の感覚は、今の法律では通用しません。そのうえで、返ってこないときに確認すべきは次の3つです。
確認1:精算の「内訳」を書面でもらったか
敷金精算に不満があるとき、最初にやることは抗議ではなく内訳の入手です。「原状回復費用一式 ◯万円」のような一式表記では、何にいくらかかったのか検証のしようがありません。
管理会社に「精算内訳の明細(項目・単価・数量)と、可能なら施工箇所の写真をください」と依頼してください。まともな管理会社なら出てきます。明細を出せない・出さない請求は、それ自体が交渉材料になります。
実務の内側の話をすると、退去精算の見積もりは施工業者の見積もりをベースに作られますが、その負担割り付け(貸主負担か借主負担か)の精度は管理会社によって差があります。明細を求めるだけで金額が見直されることは、珍しくありません。
確認2:請求項目がガイドラインと契約書に照らして妥当か
内訳が手に入ったら、2つの基準と照合します。
基準①:国交省ガイドライン
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、負担区分の考え方が整理されています。
| 項目の例 | 原則の負担 |
|---|---|
| クロスの日焼け・家具の設置跡・画鋲の穴 | 貸主(経年劣化・通常損耗) |
| タバコのヤニ・ペットの傷・結露を放置したカビ | 借主(故意・過失) |
| 次の入居者のためのハウスクリーニング・鍵交換 | 原則貸主(特約があれば別) |
さらに、借主負担となる場合も経過年数が考慮されます。クロスは6年で残存価値がほぼ1円と扱われるので、6年住んだ部屋のクロス張り替え費用を全額請求されていたら、それはガイドラインの考え方と合っていません(退去費用は6年住むと安くなるで詳述)。
基準②:契約書の特約
「ハウスクリーニング代は借主負担」「敷引き◯万円」といった特約が契約書にある場合、有効と扱われることもあります。ただし無制限ではなく、金額が明示され、借主が内容を理解して合意していたか、金額が過大でないかが問われるのが判例の傾向です。特約があるからと即あきらめず、金額の相当性までは見てください。
確認3:交渉の手順を踏んでいるか(いきなり訴訟ではない)
妥当でない請求だと判断できたら、段階を踏んで交渉します。
- 管理会社に書面(メール可)で異議を伝える。「ガイドラインではこの項目は貸主負担とされている」「経過年数の考慮がない」と、根拠を添えて具体的に。感情ではなく根拠で押すのがコツです
- 消費生活センター(188)に相談する。第三者が入るだけで態度が変わる相手は実際に多いです
- 内容証明郵便で返還請求する。本気度が伝わる段階。書き方は消費生活センターでも相談できます
- 少額訴訟を検討する。60万円以下の金銭請求なら、簡易裁判所で原則1回の期日で判決が出る手続きがあります。手数料も比較的少額です
実務の感覚では、根拠を示した交渉と消費生活センターの段階で解決するケースが大半です。金額と手間のバランスを見ながら、どこまでやるかを決めてください。
そもそも揉めないための予防策(次の部屋で)
- 入居時に部屋中を撮影し、日付つきで保存(既存の傷の証明になる)
- 契約前に特約欄を読み、クリーニング代・敷引きの金額を確認
- 退去の立ち会いで、負担合意を含む書面に安易にサインしない(退去立ち会いの流れと注意点参照)
余談:敷金を取らないオーナーが増えている
冒頭で触れた話です。私が担当するオーナーさんには、敷金を取らずに賃貸に出す方がけっこう増えています。初期費用が軽い物件は決まりやすいので、募集条件を良くするための工夫です。借りる側からすると、敷金なし物件はもう珍しいものではなくなってきました。
ただし一つだけ注意を。「敷金なし」は「退去時に何も請求されない」という意味ではありません。借主に原状回復義務がある損傷分は、敷金という預かり金がないぶん、退去後にそのまま請求されます。つまりこの記事で書いた「内訳を求める・ガイドラインと契約書に照らす・段階を踏んで交渉する」という知識は、敷金なし物件でもまったく同じように使えます。むしろ担保がないぶん、請求書の中身をちゃんと見る目はこれからの時代の必須装備です。
まとめ
- 敷金は返ってくるのが原則。民法に明文化されている
- 確認1:内訳の明細を書面でもらう(一式表記は検証不能)
- 確認2:ガイドラインの負担区分・経過年数と、契約書の特約に照らす
- 確認3:根拠を添えた交渉→消費生活センター→内容証明→少額訴訟の順で段階を踏む
【免責事項】本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、法的助言ではありません。契約内容や損耗の状況により結論は変わります。個別のトラブルについては消費生活センター、法テラス、弁護士等の専門家にご相談ください。




